いとしさんこいしさん ありがとう

前に二代目玉川勝太郎さんの浪曲のことを書いたが、勝太郎さんと並んでよく聴く(見る)のは、夢路いとし喜味こいしさんの漫才のDVDだ。厭なことがあった日など(人生、そういう日ばかりと言ってもいいのだが)、深夜、自宅のパソコンでおふたりの漫才を見て、気分を立て直している。いとこい漫才の魅力は、いまさらここに書くまでもないだろう。誰かを傷つけたり客をいじったりして笑いを取るようなところが一切ない、まことに上品でオーソドックスな芸だ。

私はおふたりのやりとりを聴いているうち、大げさでなく、人間への信頼がよみがえってくる気がするのだ。この世の中、厭な奴も不愉快なことも多いけれど、気持の良い人も楽しいこともきっとたくさんあるに違いない、という気分になってくる。

私はすぐ「芸術は人間だ」などと言い出す批評家には与さないが、おふたりの漫才に接し続けていると、「たしかにそういった面は否定できないな」と感じる。芸といい演技といい、そこには「意識の産物」としての演技を超えた、「ヒューマン・ドキュメント」というべき要素が間違いなく存在しているのである。

いとしさんが亡くなってしばらくして、いとこい漫才の台本傑作選とか関係者の回想が、一冊になって岩波から出版された。これを読むと、「芸は本当に人なのかもしれない」ということを感じさせられる。

女優の森光子氏は若い頃、大阪の放送局でおふたりと一緒に、当時生放送のラジオ番組に出演することが多かった。その頃、使用されるマイクの数は一本だけだったが、いとこいのお二人は自分の出番が終わるとスッと身を引いて、森さんをマイクの前に押し出してくれたのだという。

元タレントの上岡龍太郎氏は一緒に巡業した時の思い出を書いている。氏は初めてふたりから声を掛けられた時、あまりに丁寧に呼ばれたので、自分の後ろに誰かいるのかと思って、思わず背後を振り向いてしまったのだそうだ。

電車の中でこの本を読んでいて、笑い声を上げそうになったり、目頭が熱くなったりしたことも懐かしい思い出である。いとしこいし師匠、これからもよろしゅうおたの申します。

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