プラトンとホラティウス

向田邦子さんのこんな随筆を読んだことがあります。

外国のホテルで枕元のラジオをひねったら、日本で耳にしたことのあるクラシックの名曲が流れてきた。それを聞いて、「ああ、自分の勉強してきたことは間違いじゃなかったんだ」と思ったというのです。

凝縮しきった向田さんの随筆のエッセンスを伝えることなどとても出来ない芸当ですが、「間違ってなかった」というのは、「自分が吸収してきた西洋の文物は、当たり前のことながら現地にちゃんと存在していた」という意味でしょう。私は向田さんよりずっと若い世代の人間ですが、その感覚は分かるような気がします。

先日、大きな失敗をして落ち込んでいたアメリカ人の友人を励ましたことがあります。その時、私は昔英語の教科書にあったこんな言葉を口にしました。

“I would rather be wrong with Plato than be right with Horatio.”

(ホラティウスとともに正しくあるより、プラトンとともに誤った方がましだ)

「どんなことがあっても僕は君の味方だよ」という意味で言ったつもりなのですが、友人はキョトンとしたままでした。彼は「それはどういう意味だ?そんな言い方など聞いたことがない」と笑いながら言っていました。笑って少し元気になってくれただけでもよかったのかもしれません。

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