発奮

「人を侵さず人に侵されず」というふうに生きたいものですが、組織や社会の中で暮らしていると、やむを得ず言いたくもないことを口にしなければならなくなる時もあります。

以前の職場で、チンタラチンタラ仕事をしている若い人に、「そろそろ君も発奮すべき時期じゃないか」という話をした時のことです。

まともに聞いてくれたのは有難かったのですが、最後に「あのひとついいでしょうか。そのプンプンというのは私に腹を立てているということでしょうか」と訊かれ、ガクッとなりました。そして「発奮」などという言葉はもう死語になっているのだな、と思いました。

私がこの言葉を知ったのは、山本有三氏の『ミレーの発奮』という文章を読んだのがきっかけでした。

売れない画家だったミレーは、心ならずも裸体画を描いて糊口をしのいでいました。ある日、自分の作品が掲げられている画廊の前に立っていた時のこと。隣で自分の絵を見ていた男たちの会話が、耳に飛び込んできました。

「ミレー?聞かない名前だな。どんな画家なんだい?」「汚い女の裸ばかり描いている男さ」

それを聞いたミレーは直ちにパリを離れ、念願としていた農村の暮らしを描く道に突き進んだというのです。文章はミレーの発奮を支えた夫人についても、簡潔な筆で力強く描写していました。

先日、NYのメトロポリタン美術館で久しぶりにミレーの絵に接して、大昔に読んだ文章のことを思い出しました。この世の中、きれいなことばかりは言っていられないのですから、せめて少年の時は、感動とか友情とかを描いた文章に接するよう年少者を導いたりすべきなのではないか。そんなことを思いました。

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