違った世界地図が見えてくる

フ ランス語科のホームページに、私のような素人が文章を寄せる資格があるとは思われない。自分が真面目にフランス語に取り組んだのは1990年代初 め、ロンドンで放送関係の仕事をしていた時で、毎月何回かはフランスで取材や交渉の仕事があった。放送関係の世界は比較的英語が通じやすいとは言っても、 それにばかり頼っていては埒が明かないので、学生時代の第3外国語を勉強し直すことにした。以来、日本でもニューヨークでもフランスの活字メディアに接し 続けている。

「フ ランスの新聞や雑誌を読み続けている」という話をすると、必ずといっていいくらい返ってくるのは、「フランスが好きなんですね」という反応だ。 その言葉を聞くたび、日本人のフランス観は明治以来百年を優に超えた今も、「芸術の国、ファッションの国、グルメの国」ということで全く変わっていないの だなと思う。

「フランスにフランス人がいなければどんなに素晴らしい国だろう」とまでは思わないが、私はフランスという国はそんなに好き ではない。過度なまでの 自国中心主義や大国意識、第二次大戦の敗戦国でいながら、いつの間にか戦勝国のような顔をしているところ、植民地に関する歴史的な問題など、フランスを心 から好きになれないと感じる点は少なくない。

では、どうして私はフランス語を学び続けているのだろうか。それはフランス語を勉強すること で、我々が日頃接しているのとは違った世界地図が見えて くるように思うからだ。ルモンド紙には、アフリカの旧植民地や中東のレバノン、アメリカ圏ならハイチといった、歴史的にフランスやフランス語に関係の深い 地域に関する記事が非常に多い。アメリカ合衆国の重要な政策決定よりマダガスカルの政争の方がずっと大きく扱われていることだって珍しくない。そうした紙 面を眺めながらフランス人の頭の中を想像してみる。フランス語の勉強にはそんな楽しみもある。

21世紀になって10年以上たった今も、新 聞や雑誌には大戦中のレジスタンスや対独協力者に関する記事が大きく掲載される。レジスタンスの闘士が亡 くなった時の死亡記事など、特に大きな扱いだ。それらの記事を読むたび、フランス人の「フランスはアメリカのみによって解放されたんじゃないんだぞ」とい う主張を再確認させられる気がする。

ヨーロッパの歴史は、基本的にイギリスとフランスの間の覇権争いだったと言ってよいだろうが、フランスのメディアに現われる、アングロ・サクソンに対する複雑で微妙な感情も興味深い。

国 民国家の祖国・フランスが抱える、宗教や人種や民族や格差をめぐる様々な問題を知ることも、明日の日本を考える上できわめて有益だ。日本人だった ら、上のどのひとつの問題に直面しただけでもパニくってしまうであろうところを、フランス人たちは平然と(?)それに立ち向かおうとしている。好きかと言 われればさして好きではないが、フランスとフランス人が端倪すべからざる存在であることは誰も否定できないだろう。そんなことを思いながら、毎週フランス から届く新聞を、溜息をつきながら開封している。

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