フランス人人質殺害事件、仏のイスラム社会に衝撃

 

以下の文章は、2015年1月7日のフランスの週刊風刺新聞社襲撃事件とそれに続く連続人質立てこもり事件が発生する以前の2014年12月3日に執筆されたものです。

シリア、イラクの国境地帯を支配地域とする、いわゆるイスラム国の動きを、欧米のメディアは連日のように詳細に報じている。イスラム国はシリアやイラクにまたがった地域を支配しているだけではない。その影響を受けた勢力は、中東地域だけでなく北アフリカなどでも欧米人を人質に取って殺害する事件を次々に引き起こしている。今回は、イスラムの過激勢力が起こしたこれら人質殺害という衝撃的な出来事が、フランスに暮らすイスラム教徒たちにもたらした影響について考えてみたい。

いわゆるイスラム国は2014年6月、最高指導者のアブ・バクル・バグダディが樹立を宣言したもので、シャリアと呼ばれるイスラム法に基づくイスラム国家であると自称している。しかし、国際社会はイスラム国を独立国家としては認めておらず、中東のイスラム諸国も地域の安全を揺るがす脅威だと危険視している。

このイスラム国の母体は、2003年のイラク戦争の後に結成されたアルカイダ系過激派組織である。彼等は欧米に対抗して聖戦(ジハード)を展開するという主張を掲げ、2011年にシリア内戦が始まると、シリア国内から流入してきた武装グループを吸収して、急速に勢力を拡大した。その後、アルカイダ系過激派組織は、既存の国境を無視するかたちでイスラム国家の樹立をめざす姿勢を公然と打ち出すようになり、2014年に入るとシリア北東部をほぼ制圧し、イラク北部に侵攻した。イスラム国の主張は、イラク、シリアなどの国家は二度にわたる世界大戦の後、ヨーロッパの国々が勝手に線引きして出来た擬制にすぎないというもので、それを解消するため武力によるイスラム世界の統一を目指している。このイスラム国の支配地域に対して、アメリカや西側諸国は繰り返し空爆を行い、その勢力を削ごうとしているが、はかばかしい成果は上がっていない。

このイスラム国がにわかに注目されたのは、人質としてイスラム国に拘束されていたアメリカ人のジャーナリストが、2014年の夏に殺害された事件がきっかけだった。米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏がイスラム国と思われる兵士によって処刑される衝撃的な映像はイスラム国によってユーチューブに投稿され、世界中を駆け巡った。イスラム国は、この処刑はアメリカ軍によるイスラム国支配地域への空爆に対する報復だと主張した。ホワイトハウスもこの動画が本物であると確認しており、またフォーリー氏の処刑を担当した兵士が話す英語がイギリス英語だったことなどから、その兵士はイギリス人であると推定された。そのことも欧米の社会に大きな衝撃をもたらした。「イギリスやアメリカという国は、イギリス人、アメリカ人になりたい人間によってのみ構成される国では完全になくなった」というショックが人々を襲ったのである。

イスラム国が欧米人を人質にとり、殺害するという事件は、これ以外にも頻発している。イスラム国に忠誠を誓うアルジェリアの武装勢力は、9月24日、人質にしていたフランス人男性を殺害したとする映像を公開した。「カリフの兵士」と名乗るアルジェリアの武装勢力は、現地に暮らす山岳ガイドのフランス人男性の首を切断し、殺害する映像を公開した。処刑の前、アルジェリアの武装勢力は声明で、アメリカやフランスがイスラム国に対する攻撃を24時間以内に停止しなければ、男性を処刑すると脅迫する姿勢を明らかにしていた。しかしフランスのオランド大統領は、処刑が行われた後も、「テロには屈しない」と述べ、アメリカと協力してイスラム国への攻撃を続けていく考えを変えていない。

イスラム国の活発な動きはもちろん日本も無縁ではない。北海道大学の学生がイスラム国に入り、その軍事活動に加わろうとしていた出来事は、我々にとってもイスラム国の問題が対岸の問題ではないということを示している。

地理的にも歴史的にも英国以上に中東やアラブ地域との関係が深く、国内に多くのイスラム系住民を抱えるフランスは(彼等のかなりの部分はフランス国籍を取得したフランス人だが)、むしろイギリス以上にイスラム国の問題に敏感に反応している。そのフランスで最近、こんなことが起きた。

フランスにはイスラム系の住民が作る団体が、政府の肝いりでいくつも誕生している。そのうち代表的なものはCFCM(Conseil français du culte musulman)で、その役割はモスクを建設する際、イスラム教信者と行政の間に立って仲介役を務めること、軍隊や刑務所内の宗教施設の設置にあたって意見を述べることなどである。要は、イスラム系住民がフランスの社会に溶け込んでいけるように、行政や政治に対して様々な提言を行っていく役割を担った団体である。

そのCFCMが最近、傘下のイスラム系住民に対して、「『自分たちはイスラム国やそれを支持する勢力が行った人質や殺害を絶対に認めない』という意思表示をせよ」という指令を発した。つまり、「『自分たちはイスラムの過激派などとは違う存在であり、フランスの社会の法とルールを守り、その中でイスラム教の信仰を守っている人間だ』ということをフランス人に対してアピールせよ」という指令が出されたのである。それを受けて、イスラム系の住民のうち、かなりの人々が、ツイッターやフェイスブックで「自分たちはイスラム国などを支持しない」という意思表示を行った。

しかし一方で、この上部からの指令に対しては多くのイスラム系住民が激しく反発した。彼等は、そうした意思表示というのは誰かから命令されて行うものではないし、自分たちの方からそんな意思を示せば痛くもない腹を探られかねない、と考えたのである。

彼等は「一連のテロ事件によって二重の意味で傷ついた」と言う。二重という意味は、過激派の行った処刑という残酷な行為そのものから大きなショックを受けたと同時に、「自分はそうした行為を絶対に支持しない」と表明することで、逆に自分たちはフランスの社会において疑惑の対象となってしまうのではないかと恐れるようになった、という意味である。これらふたつの衝撃が重なり合って自分たちを苦しめている、と彼等は言う。フランス社会の中で、イスラム系の住民の置かれている複雑な立場を示すエピソードではないだろうか。

しかしイスラム系の団体は、今後もイスラム系の住民に対し「アルカイダなどの過激派は人類共通の敵であり、自分たちとは何の関係もない」という意思表示を求めていく方針で、近く、パリにあるイスラム教のモスクの前でイスラム国の残虐な行為を非難する集会を開く計画である。

言うまでもなくフランスという国は「国民国家」の祖国である。国民国家とは、以前も記したように、国家を構成する人間ひとりひとりが宗教や人種、階級や性別といった既存の「属性」を捨象し、一個の国民となって国家と直接結びついていく体制のことである。その体制の下では、個人の信仰や宗教は個人の内面にとどまっている限り、国家はそれに対して口出ししたり干渉したりしてはならないとされる。それは国民国家の大原則である。

だからフランスに暮らしフランス国籍を有する人たちは、自分の信仰がカトリックであれプロテスタントであれイスラム教であれ、あるいは無宗教であれ、そんなことに関係なくひとりのフランス人として生きていけるはずだった。しかし、イスラム国と支持勢力の拡大という事態を受けて、国民国家の原則が揺らいでいる。

もちろん今回の「『自分はイスラム国などの行った行為など絶対に支持しない』という意思表示をせよ」という指令は政府や公権力から出されたものではない。しかし、公的な性格の強い機関が行ったものであることは確かである。イスラム国という存在とその勢力拡大がもたらした衝撃の大きさと、それが浮き彫りにしたフランス社会の問題点を見せつけられたような気がする。

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