寛容は非寛容に対しても寛容であるべきか

寛容は非寛容に対しても寛容であるべきか。いきなり理屈っぽく、また分かりにくい題名だが、これはフランス文学者である渡辺一夫氏の有名な文章のタイトルから借用したものである。寛容と非寛容の相克という問題は、ヨーロッパだけの問題ではない。アメリカでもどこでも、今や世界中がこの問題に直面している。

言うまでもないことだが、人間の歴史とは異なった宗教や思想のぶつかり合いの歴史でもある。「人間はこの世の中に善をもたらそうとして、それと正反対の結果をもたらしてしまう」とはよく言われることだが、昨今の中東を震源地とするイスラムの原理主義や、東ヨーロッパの民族問題などを見ていると、人間にとって、自分と異なる考え方や宗教の存在を認め、それと共存していくことが如何に難しいかを痛感させられる。

自由とは本来、自分と同じ考えや自分の信ずる宗教に対し存在を認めることではなく、自分と違う、自分が反対している考え方に存在を認めることである。そうしたことは頭では分かっていても、実際の社会の中でその原則を守っていくことは本当に難しい。ここで紹介したいのは、私がアメリカにいた頃、信教の自由、表現の自由をめぐって交わされた激しい論争のことである。それはこんな事件だった。

2006年3月、ひとりのアメリカ人の海兵隊の兵士がイラクで亡くなった。彼の遺体はアメリカに運ばれ、東部メリーランド州の墓地に葬られることになった。その兵士は同性愛者であったと伝えられている。そのことからこの葬儀をめぐって、家族は予想もしなかった事態に巻き込まれることになった。「同性愛は神の意志に反した不道徳な行為であり、アメリカの社会や軍はそうした同性愛者の存在にあまりに寛大だ」と主張する一部のキリスト教徒が葬儀の場に押し掛け、「神は同性愛者を罰した」と声高に主張したのである。これに対し、兵士の家族は耐えがたい精神的な苦痛を被ったとして訴えを起こした。裁判の最大の争点は言うまでもなく、葬儀という場でこのような主張を行うことは、アメリカの憲法が保障する言論・表現の自由の保護対象となるのかどうかという点にあった。

*          *          *

そのキリスト教徒は、キリスト教の伝統と影響力がきわめて強い、中西部カンザス州のバプティスト派の教会の信者だった。教会と言っても、牧師を中心に子どもや孫といった家族が信者の大半を占める、アメリカのどこにでもあるような小さな集団だった。彼等はその教会を拠点に、この20年間、あらゆる機会をとらえて同性愛に反対する活動を繰り広げ、最近では自分たちの主張を伝える場として、葬式という場も選ぶようになっていたのである。

日本人の感覚からすれば、どんな主義や主張があるにせよ、何も亡くなった人のお葬式の場まで押し掛けて、遺族の前でそんなことまで言わなくてもいいじゃないか、というのが普通の感情だろう。しかしアメリカやヨーロッパの場合、多くの人を動かして行くのは何よりも観念でありコーズ、つまり原理原則である。裁判の場では信教の自由という原理原則をめぐって激しい議論が戦わされたのである。

*          *          *

この事件で宗教家たちの取った行動に対しては、いくら原理原則を重視するアメリカ人とは言え、「あまりに非常識だ」という反発が噴き出して、人々の同情は亡くなった兵士の家族に集まった。しかし法律論は、そうした感情とは必ずしも一致しないことがある。一審は亡くなった兵士の家族の主張を認めたものの、控訴審は逆に、「多くの人たちが関心を持つ問題を取り上げることは、表現の自由の最も重要な点である。同性愛をどう考えるかということもそうした問題の一つだ」と判断し、信者の行為はアメリカ合衆国憲法が保障した言論・表現の自由の範囲内の行為であると判示した。

この判決に対しては当然、様々な立場の人たちから強い反発の声が上がった。しかし一方で、この判決を支持した人たちも少なくなかった。そして最終的に2011年3月、連邦最高裁は控訴審の判断を支持し、教会の信者たちの行為は憲法の保障する表現の自由の範囲内のものとして認められた。この判決にあたって、裁判官九人のうち八人が多数意見を構成し、教会側の主張を認めたことは、人々に大きな驚きをもって受け止められた。近年、意見の対立する問題について、最高裁の判断は5対4か4対5というかたちで下されることが大半だからである。

この事件について、どのような考えが平均的なアメリカ人の市民感情なのかを把握するのは容易ではない。ただ一般論として言えば、市民感情と判決が食い違ってくることは、特に言論の自由や表現の自由が争点となった裁判の場合、ままあることである。以前、イリノイの田舎町でナチスの制服を着て行進した右翼団体の行動をめぐって、それを表現の自由が許容する行為と認めるかどうかが争われた裁判があった。裁判所は、それを表現の自由の範囲内の行為だと認めている。

*          *          *

イラクで死亡した兵士の葬儀をめぐる動きをフォローしていて興味深かったのは、アメリカの新聞に次のような言葉が引用されていたことである。それはかつてアメリカの最高裁判所裁判官として、アメリカの司法界をリードしたフェッリクス・フランクファーター判事の、「自由の守護者(注:それは自由を守る人たちという意味であり、それは自由という概念と言い換えてもいいだろう)は、我々がお付き合いしたくないような人たちを巻き込んだ論争の中で鍛えられてきた」という文句だった。大胆に意訳してしまえば、その意は、「法律をめぐる論争においては、お付き合いしたくないような、具体的な人間のことはいったん脇に置いておいて、あくまで一般論としての法律論を交わすべきだ」とでもいうことになるのではないかと思う。

人類はこれまで、「寛容は非寛容に対しても寛容であるべきか」という問題を、数え切れないくらい自らに問うてきた。イラクで亡くなった兵士の葬儀をめぐる裁判は、人類にとってそうした問いかけの一例だろう。そして、例えば人工妊娠中絶を行う産婦人科医に対する殺人など、今回と似たような事件はアメリカで頻発している。急速に進行するアメリカ社会の分裂という現象が、「寛容と非寛容」という問題をいちだんと複雑なものにしているようである。

 

広告
カテゴリー: メディアとフランス パーマリンク