アポイの桜

北米各地の桜はもう峠を越したでしょうか。まだまだこれからというところも多いでしょうか。

私の中で最も強く記憶に残っている桜は、北海道日高山脈の最南端・アポイ岳の山中で見掛けた山桜です。北海道にいた時、毎年4月の末か5月になると、足慣らしのつもりでアポイに足を運びました。苫小牧から延々各駅停車で終点の様似まで行くのですが、その長い時間も、山の季節が近づいてくるようで楽しかったものです。

雪というのはなかなか溶けないもので、北海道の山は5月の連休頃になっても深い雪に覆われていますが、アポイは比較的雪の少ないところでした。

アポイは標高1000メートルに満たない山ですが、花の種類が多いことで有名です。もうひとつ、私が日高の山が好きなのは稜線がはっきりしているからです。私はエッジのすっきりした稜線を眺めるのが好きなのです。

ある年、頂上に立った後、今年は下りるコースを変えてみようと、襟裳岬に近い幌満という地区に至るコースを取ったことがありました。北海道の山はどこも人が少なく、何時間か歩いても全く人に出会いません。心細くなりかけた時、足下に小さな花びらが一枚落ちているのに気づきました。あれっと思って見上げたら、山桜の可憐な花が満開でした。

「そうか、自分のために咲いていてくれたんだ」と、思わず嬉しくなりました。不安も吹き飛んで元気が出ました。やや日の傾きかけた中、花の下で小休止しながら、「行き暮れて木(こ)の下影を宿とせば 花や今宵のあるじならまし」という古歌を思い出しました。あの桜は誰にも見られないまま、今年も見事な花をつけていることでしょう。

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