カートリターン

バブル華やかなりし頃、ジャパンマネーが怒涛のようにアメリカに押し寄せていた時のことである。米国内で生産拠点を立ち上げようという日系メーカーのために、立地情報を収集・提供したり、操業開始までの様々なアドバイス・支援業務を行ったりするアメリカのコンサルタント会社も大いに繁盛していた。シカゴにあるそんなコンサル企業を、番組の取材で訪ねたことがある。

そのコンサルタント会社の顧客は、ありとあらゆる業種の製造業。中西部を中心に数多くの生産拠点の建設に関わった実績を持ち、廊下には自分たちが手がけた日本企業の写真が所狭しと飾られていた。

では、一体どういうふうにして工場の場所を決めていくのか。そのノウハウが興味深かった。州政府や地元自治体は税金などの面でどんな優遇策を打ち出しているのか、自治体ごとの詳細な比較。製造業の死命を制する電力や水の供給に不安はないかというチェック。周辺の輸送網の確認。地元住民の対日感情や教育水準はどうかという問題・・・。それらの点を詳細に調査し、日本に情報を送っていた。その会社は日本企業の名前を伏せて、候補地を自分の名義で「仮押さえ」することもあるのだという。

特に興味深かったのは、「いくつかの候補地が絞られてきて、最後にどこを選ぶかという際にものを言うのは住民の民度だ」という話だった。

日本のメーカーはどこも非常に厳しい品質管理を行うが、それに応えていける労働力が地元で確実に確保できるかが、順調に操業を続けていくための最大の鍵なのだという。それだけなら当たり前のことかもしれないが、コンサルタント会社の話では、最も重要な判断基準は教育水準とかいうこと以前に「民度」なのだという。

では、どこでその民度を計るかというと、これが意外だった。スーパーの駐車場で、買物客が車に買った品物を積んだ後、空になったカートをちゃんと所定のカートリターンの場所に戻しているかどうかを、まず見るのだという。駐車場のあちこちにカートが乱雑に置かれているような土地は、特に精密機械の工場立地には向かない可能性が高いのだという。へーっと思ったが、考えてみれば成程という気はする。

私のアパートの洗濯場では洗濯物を入れるカートはいつも乱雑に置かれている。週末など、洗濯物を取りに行くのが遅れると、洗濯物が洗濯機や乾燥機の中から引っ張り出されていることもある。これは遅く行く方が悪いのだが。

洗濯場のカートの様子を見ながら、ミシガン湖に面したコンサル会社で聞いた話をよく思い出す。

 

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